「羊をめぐる冒険」の翻訳(66)
4 彼女はソルティードッグを飲みながら波の音について語る(6)「どこまで話したかしら?」
「寒々しい生活、というところです」
「でも本当のことを言えば、それほど寒々しいというわけでもなかったのよ」と彼女は言った。「ただ波の音だけはね、少し寒々しかった。アパートの管理人は入る時に、すぐに慣れるって言ったけど、そうでもなかったわ」
「もう海はありませんよ」
彼女は穏やかに微笑んだ。目の横のしわがほんの少し働いた。「そうね。あなたの言うとおりね。もう海はないわ。でも、今でも時々波の音が聞こえるような気がするの。きっと長いあいだに耳に焼きついちゃったのね」
「そしてそこに鼠が現れたんですね?」
「そうよ。でも私はそんな風には呼ばなかったけれど」
「なんて呼んだんですか?」
「名前で呼んだわ。誰だってそうするんじゃない?」
言われてみればそのとおりだ。鼠というのはあだ名にしても子供っぽすぎる。「そうですね」と僕は言った。
飲み物が運ばれた。彼女はソルティー?ドッグを一口飲んでから唇についた食塩を紙ナプキンで拭った。紙ナプキンはほんの少し口紅(くちべに)がついた。口紅がついた紙ナプキンを彼女は二本の指で器用に折りたたんだ。
「彼はなんていうか……十分に非現実的だったわ。私の言ってることはわかるでしょ?」
「わかると思います」
「私の非現実性を打ち破るためには、あの人の非現実性が必要なんだって気がしたのよ。はじめて会った時にね。だから好きになったの。それとも好きになってからそう思ったのかもしれないわ。どちらにしても同じことだけれど」
女の子が休憩から戻ってきて、古いスクリーン?ミュージックを弾きはじめた。間違ったシーンのための間違ったBGMみたいに聞こえた。
「時々こう思うの。結果的に私はあの人を利用していたんじゃないかってね。そして彼はそれをはじめからずっと感じとっていたんじゃないかしらってね。そう思う?」
「わからないな」と僕は言った。「それはあなたと彼とあいだの問題だから」
彼女は何も言わなかった。
二十秒ばかりの沈黙のあとで、僕は彼女の話がもう終ってることに気づいた。僕はウィスキーの最後の一口を飲んでから、ポケットの中の鼠の手紙を取り出し、テーブルのまんなかに置いた。二通の手紙はしばらくそのままテーブルの上に載っていた。
“刚才说到哪里了?”
“说到什么凄凉的生活了。”
“可是,实际讲起来也并不是那么凄苦。”她说。“当只听到波涛声音的时候,就有点寂寞。公寓管理说,新来的人,马上就会习惯。而实际上也并不完全那样。”
“这里的海已经没有了。”
她很沉稳地一笑。眼睛旁边的皱纹稍微动了一下。“是的,就像你说的那样。这里已经没有海了。可是现在还总有一种那样还能听到波涛声音的感觉。这肯定是在长时间内让耳朵听习惯养成毛病的原因。”
“那么,老鼠在那里出现过吗?”
“是的。但是,我并没有用那种方式来叫。”
“那你是怎么叫的?”
“叫他名字呀。谁都那样叫。”
这样一说的话的确是那样的。叫老鼠的话那是外号还太孩子气。我就说:“真是那样。”
这时饮料送来了。她喝了一口饮料之后用餐巾擦掉了粘在嘴上的食盐。在那餐巾纸上粘了一点口红。她用两个手指很灵巧地把那粘了口红的纸折了起来。
“他这个人怎么说呢?是个非常不现实的家伙。我说的意思你可明白?”
“我想还是明白的。”
“为了打破我的非现实性,就注意到那个人的非现实性很必要。那是在第一次见面时,因此也就喜欢上。也许是喜欢上之后才那样想。别管哪一种都是一样的。”
弹钢琴的那位女孩休息之后回来了,开始弹起了古典乐曲。听起来是不同场面的不同的BGM。
“我经常这样想。结果呢,我是不是在利用那个人?而且他从开始是不是就知道这件事呢?就那样想。”
“这个不明白。”我说。“这是你和他之间的问题。”
她什么也没说。
沉默了20秒之后,我知道她的话已经讲完了。我喝完最后一口的威士忌后,从口袋里取出了老鼠的信并放到了桌子上。那两封信就那样在桌子上放了一会儿。
主人公和这位女的谈话并不深,交流的内容也并不多。其任务也只是把两封信转交过来。